量子系「ゆらぎの定理」の検証実験

線形応答理論とは

私たちが日常的に行っている実験で得られる量(電気抵抗、磁化率、誘電率など)は、外場(電場や磁場など)に対して、系がどのように応答するかという量を表しています。例えば、抵抗に電圧を加えるとそれに比例した電流が流れるという「オームの法則」は、私たちにとっても馴染みの深いものです。このような現象は、1950年代に久保亮五博士をはじめとする我が国の物理学者が大きな役割を果たして成立した線形応答理論によって記述されます。それ以降、線形応答理論は様々な物理現象を説明するための最も強力な手法として確立してきました。
線形応答理論についてもっと知りたい方は、たとえばこちらをご覧下さい。

「ゆらぎの定理」

このように線形応答理論は強力なのですが、それが適用出来るのは、系が平衡状態付近にある時に限られています。そこで、その限界を超えて非平衡系をよりよく理解しようという試みが長年行われてきました。その一つが1993年に提案された「ゆらぎの定理」です。イメージこれは、ごく短時間における小さい系における「熱力学第二法則の破れ」を定量的に記述する一般的な理論で、大きな注目を集めています。これまで、「ゆらぎの定理」は、流体中の粒子など古典系において実験的に検証されてきましたが、量子力学が支配的な系において成り立つかどうかは、分かっていませんでした。

量子系における検証実験

私たちは、半導体を用いて直径が約500ナノメートル程度の非常に小さい電子波干渉計(アハロノフ・ボームリング)を作製しました。その干渉計を流れる電流は、電子の量子干渉効果を反映したものになります。今回、私たちは、電圧印加時に流れる電流を測定するだけでなく、電流に含まれるゆらぎの成分(非平衡電流雑音)を測定し、その印加電圧依存性を詳細に調べました。その結果、電圧を加えて行くと電圧の二乗に比例して電流が増大する成分があること、そしてその電流増大とゆらぎ成分の増大との間に比例関係があることを見出しました。このことは、非線形性と非平衡性を定量的に結びつける結果であり、電子回路に「ゆらぎの定理」を適用した場合に予想されている振る舞いに定性的に合致しました。電子干渉計における電気伝導は電子の量子性を反映したものであるため、この結果は量子系における「ゆらぎの定理」を初めて実験的に検証したことになります。

このような研究は、量子力学と統計力学の両方に関わる根源的な問題に実験的にアプローチしていく端緒を与え、非平衡統計物理学の新しい展開を生み出すものと期待されます。
→ 論文はこちら:Nakamura et al. Phys. Rev. Lett. 104, 080602 (2010).